攻撃性遺伝子 MAOA 裁判で使われている
以前にも、攻撃性の遺伝子、MAOA遺伝子について、ご紹介しましたが、攻撃性遺伝子, 実際に裁判で使われています。どのように使われているかをまとめた論文をご紹介したいと思います。
今回の論文:刑事訴訟における行動遺伝学の法医学的使用:MAOA-L遺伝子型の事例
原文:The Forensic Use of Behavioral Genetics in Criminal Proceedings: Case of the MAOA-L Genotype
MAOA遺伝子
MAOAは、モノアミンオキシダーゼAといい、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどのアミン神経伝達物質の分解に関与する酵素をコードする遺伝子。
MAOAの活性の弱い遺伝子型をMAOA-Lと呼び、この遺伝子型の場合、セロトニンが分解できず、増えてしまい、攻撃性が増すと言われています。
[voice icon=”https://dnanohanashi.com/wp-content/uploads/2019/09/blanc_20190906_201628-300×293.png” name=”DNAパパ” type=”r”]これまでの沢山の研究の結果も、MAOA-L遺伝子型の保持者は、攻撃性と強い関連性があると言っています。ただ、環境要因によって、その傾向が弱くなることも分かっています。[/voice]
調査方法と結果

この研究では、WestlawおよびLexisNexisという法的データベースを使用して、1995年から2016年までの事例を検索して、MAOA-L遺伝子型が関与する事例の文書を特定しました。
その結果、
- MAOA-L遺伝子型の証拠は、11件の刑事事件(米国9件、イタリア2件)の記録に含まれていました。すべて、殺人か殺人未遂のケース。
- 審判中の段階では、遺伝子型の証拠は2つのケースのうちの1つで受け入れられ、より軽いの罪状の有罪判決になった可能性があった。
- 判決の段階では、遺伝子型の証拠は5つのケースのうち4つで認められるが、そのうちの1つだけが、より軽い罪なった。
- 5件の有罪判決後の控訴のケースでは、遺伝子型の証拠を使用し、そのうち2件は減刑となった。
[voice icon=”https://dnanohanashi.com/wp-content/uploads/2019/09/blanc_20190906_201628-300×293.png” name=”DNAパパ” type=”l”]たくさんの裁判がある中で、11件にMAOA-L遺伝子型が記録。確かに使用されていますが、数は少ないです。罪が軽くなっているケースがありますね。後ほど深堀りします。[/voice]
刑が軽くなったケース1
- 被告人のMAOA-L遺伝子型の証拠が判決を軽くした可能性があるケースは、State v。Waldroup(2011)のケースでした。 被告人は、疎遠になった妻の友人を殺害し、疎遠になった妻を殺害しようとしたとして起訴された事件です。
- 裁判中、被告の弁護人は、被告人の衝動的な攻撃性は、遺伝的脆弱性が犯罪の原因の一つであると主張
- 裁判所は、法医学精神科医から、被告人が重度の小児虐待を経験し、遺伝子検査で彼がMAOA-L遺伝子型を保有していることを示す証拠を認めました。
- 第1級殺人罪と予想されていましたが、最終的に、裁判所は過失致死罪と殺人未遂の罪で有罪判決を下しました。
- 減刑の理由は、犯罪が計画的ではなかったという点か、または、故意に殺そうとしてなかったからで、MAOA-L遺伝子型の証拠が減刑にどれくらい関与したかは不明です。
刑が軽くなったケース2
- State v。Bourassa(2012)のケースは、MAOA-L遺伝子型の証拠が減刑に貢献した可能性がある米国の事例を示しています。
- 被告人は教会に侵入し、年配の修道僧を殺害した。
- 判決の間に、被告人が幼い頃から性的虐待を長年経験し、躁うつ病の診断を受けていると説明する証拠が提示された(Wilson、2015)。
- 精神医学の専門家の証人は、被告人がMAOA-L遺伝子型を保有しており、小児虐待と相互作用することで、衝動的な攻撃的および反社会的行動に関与するリスクが大きくなることを証言した。
- 被告の弁護団は、被告人の遺伝的脆弱性を考慮して、死刑を免れるべきであると主張した。
- 死刑判決が下されていたが、裁判所は被告人に仮釈放の可能性なしの終身刑を宣告した。
減刑されたケースのまとめ
刑が軽くなったケースで、MAOA-L遺伝子型の証拠が、裁判所には認められますが、MAOA-L遺伝子型が直接の減刑の判断に結び付いたケースはないと思われます。減刑の理由は、情状酌量や他の証拠が理由と思われます。
MAOA遺伝子が裁判で使われている場合のまとめ
数は少ないですが、凶悪犯罪のケースで、実際に被告人の裁判の判決の参考の為にMAOA遺伝子型を調査している。ちなみに”MAOA-L遺伝子型保有者は、そうでないヒトに比べて4.6倍凶暴な行為をする。”と2つの裁判で記録されています。(State (Respondent) v. Driskill (Appellant), 2014, p. 35)と(United States, Appellee v. Alex J. Duran Private First Class (e-2) U.S. Marine Corps, Appellant, 2014, p. 11)のケース。[voice icon=”https://dnanohanashi.com/wp-content/uploads/2019/09/blanc_20190906_201628-300×293.png” name=”DNAパパ” type=”r”]この4.6倍という数字は、どういう根拠なのか、興味深いです。2つの裁判で、同時期に出てきているということは、当然ながら信憑性は高いです。今後のブログで、深堀りしたいと思います。[/voice]- ほとんどのケースで、被告人は、MAOA-L遺伝子型の保持者で、小児期に深刻な虐待を受けた経験を持つ。
- 被告人の弁護団が被告の刑を軽くするために、MAOA遺伝子型を使っていることが多いという印象を受けました。
- MAOA-L遺伝子型の保持者が4つのケースで、判決が軽くなったが、それ以外のほとんどのケースで、刑は軽くなっていない。
- 専門家の意見をまとめますと、MAOA-L遺伝子型の保持者で深刻な小児虐待を経験した場合に、MAOA-L遺伝子が被告の攻撃的および反社会的行動を起こすリスクを増やす、ということは認めるが、MAOA-L遺伝子自体が、被告が起こした犯罪の原因には直接結びつかないという所が、大体のケースで一致しています。これは、コレステロールが心臓の病気を起こすリスク要因ではあるが、コレステロール自体が病気の原因にはならないのと一緒の理論だと、一つのケースで言われています。[voice icon=”https://dnanohanashi.com/wp-content/uploads/2019/09/blanc_20190906_201628-300×293.png” name=”DNAパパ” type=”l”]確かにそうだよなと思いました。リスクは高くするけど、犯罪を起こす原因ではない。[/voice]
論文のまとめ
これまでの研究で、MAOA-L遺伝子型と衝動的な攻撃的および反社会的行動の関連を統計的に証明しているケースは、MAOA-L遺伝子型の保持者で深刻な小児虐待を経験した白人男性に特有である場合で、他の条件では、MAOA-L遺伝子型の影響をほとんどの研究で証明できていません。
ニュージーランドの研究でMAOA-L遺伝子型保持者の白人男性の攻撃的および反社会的行動のリスク増加を予測したが、重度の小児期の虐待を経験したMAOA-L遺伝子型保持者だけ攻撃的および反社会的行動のリスク増加を証明できた(Caspi et al. 2002)。 MAOA-L遺伝子型と攻撃的または反社会的行動との間に直接的な関係はありませんでしたが、小児期の虐待と反社会的行動の間にはありました。
その反面、MAOA-L遺伝子型と衝動的な攻撃的および反社会的行動の関連を、人種が混ざったグループで調査した所、関連を統計的に証明できませんでした。ちなみに、白人が30-40%の割合でMAOA-L遺伝子型保有しているの対し、アフリカとアジア人では60%と半数以上が保有しているという報告があるのに(Beaver et al., 2014)、白人以外のグループを対象にした同様の研究はなく、白人以外のグループとMAOA-L遺伝子型の関連性は、はっきりしていません。(Kieling et al., 2013; Kolla, Attard, Craig, Blackwood, & Hodgins, 2014; Stetler et al., 2014; Widom & Brzustowicz, 2006; Young et al., 2006).
第一級殺人犯罪を軽い殺人犯罪に軽減するには、精神病か精神障害がもとで、危険な状態の精神機能によって、起こした行為を理解できない状況、正否の判断ができない、自分を制御できない等が必要条件で、遺伝子情報だけで刑が法律上軽くなることはないそうです。
この論文の著者は、MAOA-L遺伝子の研究からは、すべてのMAOA-L遺伝子型保持者が、精神病や自己制御できない人であると予測できないので、MAOA遺伝子型のテストの使い方には限りがあると言ってます。
また、特定の被告人に対する遺伝子型の影響を確立するのは難しく、説得力に欠けている可能性がある
控訴のケースを例に取りますが、MAOA-L遺伝子型が裁判の参考資料として出てきますが、精神、身体、文化背景のリスク要因に比べると、まだ非科学的な証拠として扱われています。
そして、3つの控訴のケースで、裁判弁護士たちが、MAOA-L遺伝子型の調査をしなかったことに、特に落ち度があったとか言われていません(Bathgate, 2016; Colbert, 2015; Duran, 2014)。
以上の事から、MAOA遺伝子型が裁判で認められてはいるが、まだ、科学的な証拠としては確立しておりません。MAOA-L遺伝子型の保持者で、小児期に深刻な虐待を受けた経験を持つ場合に、攻撃的および反社会的行動を起こすリスクを増やすというところは、専門家の一致した意見であることは、間違いないです。
個人的には、小児期の虐待が、どれだけ、その後の人間の成長や行動に影響を与えるのか気になるところです。
参考文献:
刑事訴訟における行動遺伝学の法医学的使用:MAOA-L遺伝子型の事例
原文:The Forensic Use of Behavioral Genetics in Criminal Proceedings: Case of the MAOA-L Genotype


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